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休場した力士は、戻ってくるのか — 全休425件を追いかけた

関取が1場所まるごと休んだ425件を追いかけました。いつかは93.1%が戻ります。ただし「いつ戻るか」は体の具合だけで決まっていたわけではありませんでした。番付の側から数えています。

2026-08-14

好きな力士が休場すると、次に気になるのは「戻ってくるのか」です。手元の番付には何日休んだか何勝何敗したかが全段ぶん入っているので、休んだあとどうなったかを数えました。

1958年3月場所から2026年7月場所まで、関取が1場所まるごと(15日以上)休んだのはのべ497場所。ただしこれをそのまま数えてはいけません。同じ怪我で2場所・3場所と続けて休んだ人が、そのたびに「休場」として数え直されてしまうからです。続けて休んだぶんをひと続きにまとめると、425件(実人数241人)。この425件を、それぞれの先へ追いかけました。

いつかは戻る。ただし「翌場所」ではない

答えは2つあり、混ぜてはいけません。

問い答え
いつかは土俵へ戻ったか93.1%(392/421件・95%信頼区間 90.3〜95.2%)
そのうち関取として戻ったか90.9%(381/419件)
翌場所に間に合ったか79.2%(335/423件)

二度と土俵に上がらなかったのは29件(6.9%)。幕下以下へ落ちてから戻った人も数えていますが、関取として戻った人だけに絞っても90.9%で、2.2ポイントしか変わりません。

戻るまでの空白は、中央値で1場所。いちばん長かった人でも7場所(約1年2か月)です。

休んだあとそこまでに戻った割合
翌場所まで79.2%
2場所後まで86.5%
3場所後まで90.7%
6場所後(約1年)まで92.4%
30場所後(約5年)まで93.1%

3場所(半年)で90.7%まで来て、そこから先はほとんど増えません。 6場所後から30場所後までに新しく戻った人は1件だけです。半年戻ってこなければ、その先も戻らない——というのが、425件を並べたときの形です。

番付が高い人ほど、1場所では戻らない

番付件数(人数)いつかは戻った1場所だけ休んで戻った1年以内に戻った
横綱79件(29人)93.7%65.8%92.3%
大関28件(18人)96.4%92.9%96.3%
関脇9件(9人)100%75.0%100%
小結6件(6人)100%83.3%100%
前頭174件(128人)91.3%82.8%90.7%
十両129件(103人)93.7%79.7%93.0%

⚠️関脇9件・小結6件は数が少なすぎます。「そういう例もあった」以上には読めません。

⚠️3つの割合は列ごとに分母が少しずつ違います(横綱79/79/78・大関28/28/27・関脇8/8/8・小結6/6/6・前頭173/174/172・十両127/128/128)。先を見られない件を問いごとに外しているためです。

読みどころは横綱です。1場所だけ休んで戻った割合はどの段よりも低い(65.8%)のに、いつかは93.7%が戻り、1年以内でも92.3%。 急いでいないだけで、戻らないわけではありません。横綱・大関は休んでも地位が下がらない決まりなので、急ぐ理由がそもそも無い、とも読めます。

そしてここが、数え方をひとつ間違えると結論が逆になる箇所です。横綱の全休はのべ119場所ありますが、ひと続きにまとめると79件、人数にすると29人。連続した休みを1場所ずつ「戻れなかった」と数えると、同じ人の同じ怪我が何度も失敗として積み上がり、「横綱は戻らない」という逆の結論が出ます。

休んだあと、番付はどうなるのか

ここからは前頭と十両だけを見ます。横綱・大関・三役は休んでも地位が下がらないので、混ぜると時代ごとの顔ぶれの違いがそのまま数字を動かしてしまうからです。

前頭・十両が全休すると、翌場所の番付はこうなりました。

時期番付が下がらなかった件数関取から落ちた
〜1971年0.0%1435.0%
1972〜2003年79.2%1689.3%
2004年〜13.8%10920.9%

真ん中の時期だけ、まるで別の競技のような数字が出ています。

大相撲には公傷制度という決まりがありました。本場所中の負傷で翌場所を全休しても、その次の番付を据え置く救済措置です。1972年に実施され、2003年に廃止されました(出典=時事通信「マスクをしたお相撲さん」2009年9月7日/Number Web「力士と怪我の切っても切れない関係」2018年5月8日)。申請にもとづく制度で、全休すれば自動で適用されるものではありません。

「その時代は番付編成がゆるかっただけでは」という説明も考えられます。それを確かめるために、同じ定義で3つの群を並べました。

時期全休した人皆勤で7勝8敗8〜14日休んで、それでも土俵に上がった人
〜1971年0.0%(14)17.4%(735)0.0%(38)
1972〜2003年79.2%(168)6.2%(1,248)0.0%(89)
2004年〜13.8%(109)31.8%(1,183)0.9%(106)

真ん中の列は「いちばん軽い負け越し」です。⚠️この列は動いています。しかも2004年以降がいちばんゆるい(31.8%)。番付編成の全体的な厳しさは、時代で変わっていないどころか、近年はむしろゆるくなっています。

つまり「編成全体がゆるかったから」では説明がつきません。全休の振れ幅(0%→79.2%→13.8%)は真ん中の列とまるで形が違い、しかも近年は編成全体の動き(ゆるくなる)と逆向きに厳しくなっています。

右の列も見てください。同じように休んでも、途中で休んで土俵に上がった人は、3つの時期ともほぼ0%しか守られていません。 守られたのは「まるごと休んだ人」だけでした。

5年ごとに区切ると、変化は一度ではなく二段階で起きています。

時期全休した人件数対照(皆勤で10敗以上)
1958〜62年0.0%70.0%(373)
1963〜67年0.0%60.0%(376)
1968〜72年50.0%40.0%(280)
1973〜77年50.0%60.0%(279)
1978〜82年53.3%150.0%(309)
1983〜87年50.0%160.0%(313)
1988〜92年68.8%160.0%(275)
1993〜97年93.8%320.0%(316)
1998〜2002年87.0%690.0%(306)
2003〜07年46.7%300.0%(345)
2008〜12年0.0%211.7%(347)
2013〜17年0.0%170.0%(337)
2018〜22年30.0%400.0%(287)
2023〜27年0.0%120.0%(250)

制度が入ったあたりで 0% → 約50% に上がり、そこから15年ほど横ばいが続いて、1990年代に 90%前後 まで上がります。そして廃止をはさんで0%まで落ちます。⚠️1968〜72年は4件しかなく、この区切り自体が制度の年をまたいでいます。上がった年をピンポイントで指すことは、この件数ではできません。1970年代・80年代の各区切りも6〜16件しかないので、50%前後という値そのものには幅があります。

右端の対照列(皆勤で10敗以上)は14の区切りすべてでほぼ0%ですが、⚠️これは規則上ほぼ必ず番付が下がる群なので、ゆるさを測る道具にはなりません(1958〜2003年で2,890件中0件)。編成全体のゆるさは、次の節の「皆勤で7勝8敗」で見ます。

⚠️因果の向きは、この数字だけでは決められません。 「制度があったから守られた」だけでなく、「守られる例が増えすぎたから廃止された」という順序も、同じ数字と両立します。

⚠️2018〜22年の30.0%にはコロナ禍が混ざっています。2021年1月場所は部屋ごとの休場で、番付が守られました。2004年以降からこの場所と2010年7月場所(謹慎)を外すと11.8%(85件)です。

「途中で休んだ人」がいちばん戻らない——その理由

休んだ日数で分けると、全休より途中から8〜14日休んだ人のほうが戻っていません。しかもこの順番は時代でひっくり返ります。「前の場所は土俵に上がっていた人」だけに揃えて比べると、こうです。

時期8〜14日休んだ人が翌場所に土俵へ全休した人が翌場所に土俵へ
〜1971年71.6%(67)59.5%(42)
1972〜2003年50.0%(174)86.8%(235)
2004年〜78.9%(185)72.4%(145)

真ん中の時期だけ、途中で休んだ人が37ポイント低く沈みます。

沈んだ理由は、その人たちが戻れなかったからではありません。翌場所を、まるごと休みに行っているからです。

上の表とまったく同じ人たちを、翌場所まで追いました。

時期件数翌場所に土俵へ翌場所をまるごと休んだその人の翌々場所の番付が下がらなかった
〜1971年6771.6%19.4%0.0%(0/4)
1972〜2003年17450.0%44.3%95.5%(42/44)
2004年〜18578.9%18.9%0.0%(0/11)

制度のある間は、途中で休んだ人の44.3%が次の場所をまるごと休み——前後の時代の2倍以上です——そしてその95.5%が番付を守られています。翌場所に上がらなかった87件に絞れば、88.5%(77件)がまるごと休む側でした。「翌場所に土俵へ上がった割合」が50%まで沈むのは、戻れなかったからではありません。

前後の時代は0件です。同じことをしても、守られていません。

「休むと決めた人だけを見ているから96%になるのでは」という疑いも確かめました。全休した前頭・十両全員を、その直前の場所の状態で割ると、こうです(1972〜2003年)。

全休する直前の場所番付が下がらなかった
皆勤していた46.3%(54)
1〜7日休んでいた95.8%(72)
8日以上休んでいた92.9%(42)

分母は成功した人ではなく全休した人全員です。直前の場所で怪我をしていた人ほど守られています。⚠️「怪我をしていた人だけ」ではありません——直前に皆勤していた人も46.3%が守られており、これは同じ時代に皆勤で7勝8敗だった人(6.2%)の7倍以上です。それでも95.8%との差ははっきりしていて、公傷が「本場所中の負傷」を要件にしていたことと向きが合います。2004年以降は同じ割り方をしても15.6%/15.8%/0.0%で、この差自体が消えます。

⚠️これは番付の動きとして観測できることであって、個々の力士がそう判断していたかどうかは、うちのデータでは分かりません。⚠️〜1971年の「翌々場所」は7件しかなく、42.9%は参考程度です。

全休は、怪我だけではない

425件のうち、いちばん大きな塊は次の2つです。

この24件を外して数え直しても、いつか戻った割合は92.7%(368/397)で変わりません。⚠️ただし「全休=怪我」と言い切ることはできない、ということはここに書いておきます。

この数え方の限界

数え直しに使ったのは、全段の番付288,407行と取組748,069番です。

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